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第1話 海を呼ぶ 前編

星乃すばる


 深い森となだらかな山々のあいまに、大きな都があった。
 石の壁に囲まれた中に広がるのは、色とりどりの屋根の家々。
 水路があり、広場があり、真ん中には城がそびえている。
 この魔法の国、波空王国の王都には、今日もふしぎな風が吹いている。

 王都のかたすみ。古くからある店がいくつも並ぶ通りに、その骨董品店はあった。
 大きな扉をくぐった先、ひとりの子どもの客がいた。古びたにおいのただよう店内。棚や机には品物が山のように積まれ、あふれて床にも並べられて、足の踏み場もないほどだ。小さな客は、好奇心に目を輝かせながら、あれを手に取り、これを棚に戻し、少しずつ奥へ進んでいく。

 その子は、結った髪も大きな瞳も、深い湖のような青い色をしていた。
 十歳になるこの国の王子の「しずみ」だった。

「しずみや、なにか気になるものはあったかね」

 積み木のように積みあげられた品物の山の奥から、しわがれた声がした。年老いた店主だった。しずみが王子だからといって、特別な呼びかけ方はしない。そんな老店主の店だからこそ、しずみも、気軽に遊びに来ることができるのだ。

「うぅん、今日は特にないなぁ。お気に入りを見ていただけ」

 古代文字のはんことか、王都の模型とか……と語りながら、しずみは奥へ進む。

「ひょっとして、なにかいいものがあるんですか」

 ひょいと品物の山の奥をのぞくと、黒縁の眼鏡をかけた老店主と目があった。老店主は、にぃっ、と笑った。そして、からっぽの鳥かごや虫かごのとなりの棚から、ひとつの瓶を手に取った。

「これなんか、どうだろうね」

 瓶の中には、くるくると巻かれた何枚かの紙が入っている。

「これ、なんですか」
「海辺で拾われたという手紙だよ」

 店主はいたずらっ子のように笑っている。しずみは首をかしげた。

「誰から誰への手紙なんですか」
「読めばわかる。それ、あげるよ。持って帰って、読んでみなされ」

 しずみはふしぎに思ったが、「ありがとう」と微笑むと、肩からかけたかばんに、瓶を大切にしまった。

*   *   *

 王宮のしずみの部屋は、ガラスの天井から差し込む光でいつも明るい。バルコニーに続く窓からはそよそよと春の風が入り、レース編みのカーテンを揺らしていた。

 大きなベッドに腰かけると、しずみは手紙を開いた。

「はじめまして、それとも、どこかの夢で会っていたかしら……」

 しずみは落ち着いた声で、誰に聞かせるともなく手紙を読みあげていった。

 はじめまして、それとも、どこかの夢で会っていたかしら。
  おか のあなたへ、深い水の底のわたしの暮らしをお伝えします。

 水の底って、どんな世界か、想像ができますか?
 街があって、丘があって、森があります。海草の森です。
 街には真珠の街灯があって、夜でも昼でも、ぽうっと明るく光っています。街の真ん中にはそれはそれはまばゆい真珠の灯りがあります。その真珠は今も少しずつ大きくなっていて、星のように明るいんです。
 水の底ならではの、便利な機械もあります。完璧に美しい形にできた巻き貝は、波間の光を「キャッチ」して、遠くの人と通話を結んでくれます。
 いきものたちも、おもしろいのです。イルカの歌い手は、竪琴をかきならしながら、旅の物語を歌ってくれます。大きな魚たちはいつも駆けっこしているし、小さな魚たちは群れになって踊ります。
 そしてわたしは……、わたしは、だれでしょう?

 わたしはもうすぐ大人になって、旅に出ます。
 この街を離れるのは寂しいけれど、旅の先で、あなたに会えますように。
 祈りをこめて。

 ……しずみは、ほう、と息をついて手紙から顔をあげた。あざやかな水底の国の景色が、手紙を読みながら、目の前に現れては消えていくかのようだった。

 それにしても、この「わたし」というのは、どんなひとなんだろう。少女だろうか。水のいきものだろうか。僕と同い年くらいだったら、としずみは想像をめぐらせた。

 そしてしずみは、しばらくしてから、最後の紙の裏側の追伸に気づいた。

追伸
 あなたのいる陸の上は、どんな暮らしなのでしょう?
 あなたの好きなものは? 旅をしたことはある?

「返事を書かなくちゃ」

 しずみはあわただしく立ち上がると、机に向かった。引き出しから便箋を取り出して広げ、鳥の尾羽でつくられたペンを取る。

「はじめまして」

 一言ひとこと、しずみは声に出しながら、なめらかな文字を書いていく。

「ここは波空王国という魔法の国です」

 夢中になって、書いていく。
 やがて……。

「書けた……!」

 書き上がった手紙をじっと読み返すと、ふふ、と笑いがもれてきた。
 届くといいな。よろこんでもらえるといいな。
 しずみは丁寧に、自分の手紙を丸めて瓶にしまった。

 後編へつづく

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