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第2話 石像の鳥 前編

星乃すばる


 深い森と雲の海をこえた先、なだらかな山々と輝くような湖のそのあいま。
 七角形に作られた、波空王国のかわいらしい都が、そこにそびえていた。
 石畳の街を、巡らされた水路を、魔法に彩られたさまざまなものが行き来する。
 王子しずみのもとには、今日はどんなふしぎな風が吹くだろう。

 湖の底に揺れているような、深い青色。そんな色の髪と瞳を持つしずみは、十歳になるこの国の王子だった。

 しずみの暮らす王宮は、真ん中にある大きな巻き貝のようなガラスの塔と、その四方にある、ろうそくのような石の塔とでできている。しずみの眠る部屋はガラスの塔の上のほうにあり、勉強をする部屋は、北側の石の塔にあった。その晴れた朝も、しずみは、中庭に面した渡り廊下を通り、北の塔に向かった。

 勉強をする部屋には、空に向けてつくられた扉であるかのような大きな窓が、いくつも並んでいた。その窓から朝の光がいっぱいにさしこむ中で、しずみの大好きな先生が、机の上に見たこともないものを並べていた。

 教育係の先生、みかげ。
 王宮に仕える魔法使いで、本当の年齢はしずみも知らない。大人になったばかりの若者に見えることもあれば、歳とった賢者のように見えることもあった。
 流れるような黒い髪は腰ほどまでの長さがあり、ゆったりとした魔法使いのローブを着ているのもあって、女性のようにも見える温和な人物だった。

 朝の挨拶をしようしたものの、しずみはみかげの並べるものに目を奪われ、吸いよせられるように机のほうに向かった。

 みかげは大きな木箱から、くもり空のような灰色のかたまりを取り出し、丁寧にひとつずつ、黙々と机の上に並べていく。

 近づいてみると、それは小さな石像だった。

「鳥……?」

 そう、石像は、鳥の形をしている。

 しずみのつぶやきには答えずに、みかげは最後の石像を並べ終えると、今度はじっとひとつの石像をにらみはじめる。みかげがあまりに真剣なので、しずみは話しかけることもできず、見守っていた。すると、みかげの目の前の石像から、ばちぃっ! という音がした。

「やった、動きました!」

 みかげが珍しく子どものように無邪気な声をあげて、石像を持ちあげた。自慢するみたいににっこりとしながら、みかげはそれを、しずみの前にさしだす。しずみは石像をまじまじと見つめて、あっ、と声をあげた。

「今、動いた!」

 石像の鳥が、身震いするかのように動いた気がする。

「動いたでしょう? よかった、持ってきてもらったかいがありました」

 しばらく見ていると、ぎ、ぎ、という音がしたかと思うと、鳥の胴体から翼がはがれるように持ちあがり、ばたばたと動き出した。石造りであるにもかかわらず、その羽の動きはとても柔らかかった。しずみは目を輝かせて、みかげの手の中の鳥に見入っていた。

「触ってもいい?」

 どうぞ、とみかげは鳥を渡してくれる。
 ひんやりとした石の感触。それなのに、鳥はもぞもぞと動いている……。

「この鳥はいったいなに? 生きているの? 石みたいなのに!」
「王都の東の地方の、鉱山の跡地から見つかったものなのだそうです。いにしえの魔法が残っているようだ、と調査を頼まれたのですが、しずみ様にもお見せしたくて。魔法の品ですので、生きているわけではないのだと思いますが」

 みかげが話しているうちにも、机の上に並んだ十数羽の石像たちが、ぴくぴくと体の一部をひきつらせたかと思うと、本物の鳥のように動きはじめた。

 そちらに目を奪われていると、しずみの手の中の鳥は激しく羽をばたつかせて、宙空に舞いあがった。ほかの鳥たちもそれに続き、たちまち部屋中が、乱舞する鳥たちでわっとにぎわった。

 鳥たちは、一羽一羽がちがう種類の小鳥の特徴を持っていた。小さくて丸っこいもの、くちばしの長いもの、流れるような体の形が魚のようなもの。
 そして、その一羽一羽は、それぞれに芸をしはじめた。

 機械仕掛けのオルゴールのような声で歌うもの。
 マッチの火のような小さな炎をはくもの。
 羽ばたきでつむじ風を起こすもの。

 しずみの手から飛び立っていった鳥は、ぴぃぴぃ、ぴぴぴ、とさえずりながら、声に合わせて軽やかなダンスを踊るのだった。

「すごい……!」
「いにしえの国の、おもちゃといったところでしょうね。よくできています」

 しばらく芸をすると、鳥たちは机の上に舞い戻り、きちんと一礼をすると、動かなくなった。しずみの手の中には踊り上手の鳥が戻ってきて、挨拶するかのようにぴっ、と鳴くと、すっかり固まって、もとの石像になってしまった。

「あ……固まっちゃった……」

 しずみは石像を裏返したり、あたためるように手で包んだりしてみた。

「どうやったら、動くようになるの?」
「目を合わせるんです」

 みかげは簡単にそう言ったが、それはとてもむずかしかった。

 しずみは鳥をにらむようにしてみたが、石像の視線はしずみを見てはいない。それでも視線を追っていると、だまし絵を見ているような気分になってきた。だがそのうち、かちっ、となにかがはまるように鳥と目が合った。
 鳥はぴぃ! と鳴くと、ふたたびぶるぶると身を震わせ、飛び立って踊りはじめた。

「なかなか目を合わせてくれなかったよ。この鳥にも、ご機嫌があるのかな」
「そうですね。でも、しずみ様はこの鳥に気に入られたようですよ」
「僕も、この鳥すごく気に入ったよ!」

 しずみは踊る鳥に向けて手をのばす。鳥はぴょん、と跳ねるようにしてその手に着地する。その様子を、みかげは頬をゆるませながら見ていた。

「その一羽、しずみ様にさしあげましょう」
「本当に!」

 ええ、とみかげは微笑んだ。
 しずみは嬉しくて飛びあがりそうになって、鳥に頬ずりをした。

 後編へつづく

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