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第3話 風の旅立ち 〜3〜

星乃すばる


 それから何日かして。
 しずみは王宮の塔と塔のあいだの庭園で、初夏の花々を見ながら散歩をしていた。
 すると、ひゅっ、とあのときのような風がしずみを通りすぎた。

「しずみ! 元気か?」

 陽気な声がしたかと思うと、目の前に風の子が人の姿で現れた。

「わぁ、遊びに来てくれたんだね、嬉しいよ!」
「友達だからな。それにしても綺麗な庭だな」
「うん。雪あじさいに、まつりかに、すずらんに、あっちには薔薇もあって……」

 だがそうして話していると、にわかに空がかきくもり、寒々しい風が吹きおろしてきた。

「この風は……!」

 風の子が叫ぶ。

「あのときの『悪しき風』じゃねぇか!」
「いかにも」

 その言葉とともに、しずみと風の子の周りを荒々しいつむじ風が舞ったかと思うと、ひとりの紳士が姿を現した。山高帽子に燕尾服、杖を持って、口元には切りそろえたひげをたくわえている。その姿は風の子のように透けているが、眼光はぎらぎらと燃えるように光っていた。

「わたくしは風の伯爵です。『悪しき風』とも呼ばれています。王子しずみ様と風の子さん、どうぞお見知り置きを」

 風の伯爵だという紳士はそう言うと、帽子を取っておじぎをした。
 しずみは伯爵の登場に驚いていたが、丁寧な挨拶に少しだけ安心した。一方、風の子はしずみのうしろにひゅんと隠れた。

「な、なんの用だよ! お、俺様のあとをつけてきたのか?」

 風の子は言葉だけは威勢がいいが、ぶるぶると震えていた。風の伯爵は少し背をかがめ、しずみたちをうかがうようにして言った。

「あとをつけるだなんて……めっそうもないことです。わたくしはしずみ様に一言ご挨拶したかったのですよ」
「僕に?」

 しずみは思わずまばたきをした。
 伯爵は改めてしずみに一礼すると、語り出した。

「あのとき、あなたの心の灯を見て、わたくし、感激いたしまして。世界のことわりを思い出したのでございます。わたくしは若い頃、みずから望んで、世界の闇のもの、悪しきもの、すなわち『悪しき風』になったのです。そしてこうやって……ひとを病の淵に落とすのです……!」

 言い終わるや、伯爵の姿がゆがんだ。その口もとが裂けるかのように左右に開かれたかと思うと、伯爵は暗い色をした風の姿に戻り、あたりに高笑いが響いた。

 風の子も風の姿になり、しずみを守るように渦巻く。だがその風の子の空気の波をはねのけて、黒い風がしずみを取り巻いて、荒れ狂った。
 しずみの背筋を、ぞくぞくと悪寒が駆けめぐった。しずみはくらくらとして、地面にひざをつく。

「しずみ!」

 風の子の声がする。だが、伯爵の声があとを追った。

「わたくしの病に……耐えられますかな……心の灯をあらわすほどの勇敢な少年よ!」

 その声が遠くなっていく。しずみはそのまま、意識を失ってしまった。

*   *   *

 しずみはそれから何日も高熱にうなされた。天蓋つきの大きなベッドに横たわり、一歩も部屋の外に出ることはできなかった。
 そのベッドのかたわらにずっと、あの風の伯爵と風の子が、揃って立っていた。風の子は心配そうにしずみをうかがっている。伯爵はそんな風の子を制するように、険しいおももちで杖をついていた。

 頭ががんがんとし、すべてがぼうっとする。だがその中でしずみは、伯爵と風の子を見つめていた。風の子が時折「しずみ……」と弱々しく呼びかけるほかは、言葉も交わさなかった。

 しずみの様子を見に、教育係のみかげが部屋に現れると、伯爵と風の子は、ひゅん、と風の姿に戻り、窓から出ていった。
 みかげがいなくなると、彼らはまたやってくる。みかげはしかし、最初からこの来客たちに気づいていたようだった。

「しずみ様……あの変わった者たちですが、お引き取り願いましょうか?」

 言葉こそ丁寧だが、みかげは強い調子でそう言った。しずみは小さな声で、だがはっきりと答えた。

「いや、もうちょっとあの人たちといたいんだ。だから、そのままにしておいて」
「ですが、しずみ様のそのお体の具合は……あの者たちが原因では……」
「もうちょっとだから、お願い」

 みかげは小さく息をつくと、「わかりました」と言って出ていった。
 入れ替わるように、伯爵と風の子が入ってきて、人の姿になって現れた。

「変わってますね、あなたは」

 伯爵がはじめて、しずみに声をかけた。しずみはぼうっとしたまま「そうでしょうか」と答えた。風の子がなにか言おうとしたが、伯爵がさえぎった。

「そんなあなたには特別に……これを見せてしんぜましょう」

 その言葉を聞いたとたん、体がどくん、と波打ったかと思うと、闇に引きこまれるように視界が暗くなった。

 〜4〜へつづく

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