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第3話 風の旅立ち 〜4〜

星乃すばる


 しずみは闇の中に浮かんでいた。
 目の前は真っ暗だ。だが、だんだんとひとつの景色が映し出される。

 それはしずみが見たこともないような、大平原で繰り広げられる合戦の光景だった。

 豆粒ほどに小さく見える兵士たちが、剣や槍をふりまわし、あちらこちらでなにものかと戦っている。敵の姿は、兵士ではない。
 黒い風。
 そうとでも呼ぶべき、黒い渦巻きのようなものが、戦場のそこここに存在し、あるものは大きく吹き荒れ、あるものは兵士たちをおそっている。
 迎え撃つ兵士たちの武器には、光がやどっていた。

 あのときの……、としずみは、はっとする。その光は、しずみが風の子を助けたときにあらわした心の灯のあたたかな光と、とてもよく似ていた。
 そして、その兵士たちを見ているうちに、しずみは直観していた。
 この戦場は……しずみの体の中なのだと。小さな兵士たちは、しずみの体の中で戦っている戦士たちなのだと。
 そしてあの黒い風は……。

 気づけば、上空に浮かんで戦場を見下ろしているしずみのとなりに、伯爵と風の子の姿があった。二人とも、無言で戦場を見つめている。
 しずみは伯爵に声をかけた。

「あの黒い風は、あなたですね。僕の体の中の……」
「ええ、お察しのとおりです」
「あなたは……あの黒い風は、命を奪う力を持っているのですね」
「ええ、ある者は死に、ある者は生きます」
「それってなんだか……」

 しずみは、黒い風に今まさに倒されていく兵士の姿を見ながら言った。

「……神様の力みたいですね」

 伯爵は戦場から目を転じ、しずみをじっと見つめた。

「神ですか。ふむ、おもしろいことを言いなさる」

 伯爵はひげをなでながら、戦場でもしずみでもない遠くの空を見やるようにした。

「神ではありませんよ。ですが、自然のひとつの力です。それを、わたくしどもは担わせてもらっているのです」

 戦いは続いていった。だがだんだんに、兵士たちの武器がまとう光が、強くなってきた。光は武器にやどるだけのものではなくなり、兵士たちすべてを包みこんでいく。そのきらきらとした様子は、日差しを受けた水面を見ているかのようだった。

「わたくしと戦うことで、光を得る者もいるのです」

 伯爵が静かにそう言った。
 戦場は輝き、兵士たちの興奮に湧いている。

「あなたは命の輝きを勝ち取ったようですな」

 しずみは伯爵の言葉にうなずき、それから風の子の様子をうかがった。風の子は、戦いを見始めてからずっと、なにも言わずに唇をかみしめている。
 しずみからは隠れて見えなかったその奥の手に……黒い風を凝縮させたような、透明な刃が握られているのを見て、しずみは息をのんだ。
 伯爵が風の子の刃を見下ろした。風の子はやっと伯爵を見た。

「一方であなたは、黒い風の力に魅入られたというわけですかな」

 風の子はそれにはなにも答えず、しずみのほうを向いた。

「しずみ、俺はわかったんだ」

 黒い刃をもう隠そうとはせず、じっと見つめながら、風の子は語る。

「俺は『悪しき風』になることにする。しずみに助けてもらったあのときは、闇に染まるのが怖かったけれど……今は、その尊さもわかるんだ」

 しずみは静かに、風の子の告白を聞いていた。

「俺は、命を司る者をめざす。このおじさんについていくよ」

 伯爵が「うむ」とうなずいた。しずみは小さくうなずき、微笑んだ。

「わかった。それが、君の道なら」

 風の子は険しい顔で言った。

「俺、しずみのもとにも、いつか行くかもしれないよ。しずみの命を奪う力を持って」
「そのときは、そのときだよ。僕も、僕の道を進むから」

 そのしずみの言葉に、風の子はやっと表情をやわらげた。

「ありがとう、しずみ。俺はおまえの友達だよ」
「僕も、君の友達だよ」

 伯爵が、ひゅっ、と風の姿に戻った。続いて、風の子も……。
 戦場の歓声を聞きながら、しずみの意識も遠のいていった。

*   *   *

 気づけば、ベッドの上で、みかげに顔をのぞきこまれていた。

「大丈夫ですか、しずみ様。うなされていたようでしたから」

 しずみは目をぱちぱちとさせて、体を起こした。大きなガラス窓の向こうに、暮れていく空が見えた。体は、もう痛くもだるくもなかった。

「みかげ、僕、よくなったかも」
「それはよかった。熱も下がったのでしょうかね」
「うん。僕の体の中にはね……」

 しずみは、あの戦場の光景を思い出そうとした。
 だが、それはぼんやりとして、もうよくわからないのだった。


 風の子はどうしているだろう……。
 しずみは時々その友達の、ひゅっ、という息吹を思い返す。

 第3話 風の旅立ち おわり

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