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第4話 月を編む 〜2〜

星乃すばる


 王宮の庭園のなかにある、丸屋根のあずまや。そこで、しずみは教育係のみかげから、月の職人を紹介されていた。
 あずまやの腰掛けで説明を聞いたしずみは、驚きの声をあげた。

「月がなくなっちゃうんですか!」
「そうなのです。月は、毎日、夕方のある時刻に作らないといけないのですよ」

 しずみと職人のやりとりに、みかげも質問をはさむ。

「月がなくなると、世界はどうなってしまうのですか?」
「さぁ……それはわたくしどもにもわかりかねますが、人間の体の調子にしたって、森や海の具合にしたって、月の満ち欠けの影響を受けているといいますから」
「たしかにそうですね」

 みかげはうなずく。しずみは職人にあらためて向き直った。

「でも、月を作るって、どうするんですか?」

 職人は、怪我をして吊った腕をかばいながらも、背筋を伸ばして答えた。

「月を作ることを、わたくしどもは、月を編む、と言っております」
「月を……編む?」

 しずみは目をぱちぱちとさせる。

「と言いましても、編むのはわたくしどもではなく……、わたくしどもは、とある楽曲を演奏するのです。しずみ様は、なにか楽器はおできになりますか? 弦楽器でも管楽器でも、歌でもかまいませんが」

 予想外の質問だったが、しずみは「はい」と答えた。

「月笛を少しなら……」
「月笛!」

 職人は目を丸くして大きな声をあげた。

「まさにその月笛は、月を編むときの曲を奏でるための笛、と言われているんですよ。ふしぎな、いや、運命的なご縁だなぁ」

 みかげが静かに微笑んで、説明をはさんだ。

「月笛は波空王国の王家に伝わる楽器ですからね。その昔は、月笛を使って、王家の者が月を編む仕事をしていたのかもしれません」
「うむ、そうに違いありません」

 職人は「それで」と言いながら、持ってきていたかばんを自分の前に置いた。なにかを取り出そうとするが、片手しか使えずに苦戦している。

「手伝いましょうか」
「ああ、これはどうも」

 しずみは職人の前に出ると、かばんから中のものを取り出した。それは、記号がびっしりと書かれた、何枚もの古びた紙だった。

「これは……その曲の、楽譜ですか」
「ええ、このように長くて、複雑なのです」
「僕に、演奏できるかなぁ」

 しずみは踊るような音符たちを眺めながら、不安にかられた。すると職人が、立ち上がり、がばり、としずみに頭を下げた。

「大変なご苦労をおかけするかもしれません。ですが、月を編む者を絶やしてしまっては一大事です。王国の空のため、我々の月のために、お力をお貸し願えませんか?」

 しずみは「わわ」とあわてて職人に顔をあげさせた。

「わかりました。やってみます」
「ありがとうございます」

 職人は満面の笑みになったあと、真顔にもどって、しずみに告げた。

「となれば、三日後の新月の次の晩までに、楽譜をさらっていただきたいのです」
「三日後ですか!」

 しずみは再びあわてた。そんなに短い日数で曲をさらったことなどなかった。

「大丈夫です、しずみ様」

 みかげが力強くうなずく。しずみは手の中の楽譜に目をやりながら、「がんばってみます」と答えた。

*   *   *

 それから三日間、しずみは月笛と楽譜に向かいきりで、必死に練習をした。

 最初の頃は大変だった。一小節ごとに譜面を解読し、音にしていく。旋律の形がつかめるまで、何度も吹いてみる。やがて、こんな感じかな、と旋律が見えてくるものの、うまく演奏ができないこともある。そういうときは、何度も同じところを練習した。

 そしてなにより、曲はとても長く、一日はあっというまに過ぎてしまった。だが、二日目の晩に、なんとか演奏ができるようになると、しずみはその曲にのみこまれそうなほど夢中になった。

 いくつもの鐘の音がからみあって響きあうような曲だった。ひとりで吹いているはずなのに、何人もの演奏者がいるかのように聴こえた。低音を刻んでいくしずみ、中音域で歌い上げるしずみ、高音を飛び跳ねて踊るかのようなしずみ……、まるで自分の分身がたくさんいるかのようだ。

 そして、新月が過ぎた翌日……。

 〜3〜へつづく

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