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第6話 影の国 〜2〜

星乃すばる


 しずみは部屋の窓から、バルコニーに出た。
 闇の中に、夢の光景のように街の明かりが浮かんでいる。
 その向こうをじっと見つめたあと、しずみは目を閉じ、手を組んだ。

「風の子さん、風の子さん」

 つぶやくと、風の子の笑顔が、閉じた目の前に思い出される。
 今、どこにいるのだろう。
 どうか、この声が届きますように。

「風の子さん、聞こえますか。どうか僕に力を貸して!」

 しばらく、しずかに目をつぶったままでいた。目の前に思い出されていた風の子の笑顔は、いつかの思いつめたような顔にもなり、風の姿にもなり、今までに風の子といっしょに見てきたいろいろな光景が思い出された。

 そのうちに、まぶたの裏に、夜の街の建物のあいだを走っている風の姿が見えた。

「風の子さん!」

 知っている、その路地は、その建物は、王都の、この王宮のすぐそばの……。

「しずみ!」

 なつかしい声がしたかと思うと、ひゅっ、と体が風になでられた。

「しずみ! 俺様を呼んだか!」

 目を開けると、バルコニーの柵の上に、風の子が人の姿をして立っていた。
 その衣服と雰囲気に、しずみは驚きで息をのんだ。
 風の子はすそまである真っ黒な衣装をまとい、顔つきも大人びて見えた。

「わ、わ、どうしたの!」
「どうしたの、って、なんだよ。俺様はどこかおかしいか?」

 風の子はぴょん、と柵の上から飛びおりた。

「いや……すごく、かっこよくなったね」
「な、なにを言ってるんだ! 俺様はもとからかっこいいぞ!」

 風の子が照れ隠しにそう言ったのがわかり、しずみはくすりと笑った。

「それよりしずみ、なにか俺様に用があるんだろう?」

 しずみは「うん」と切り出した。

「実は……僕の大切な人、みかげが、いなくなっちゃって。影の国にいるというんだ。君は、影の国のことを知っている?」
「影の国か……」

 風の子の声が、少し暗くなった。

「今の俺様は闇に属するものだから、行けないことはない。でも、闇のものに関わって、無事に帰ってこられる保証はないぞ、しずみ」
「それでも、みかげが……」

 しずみはそう言いかけたものの、風の子の言う「闇のもの」という言葉の響きからは不吉な感じを受けて、心配になった。

「でも……でも」

 しずみは思い直す。

「みかげが、そんなところに、ひとりでいるなら。助けに行かなくちゃ」

 決意のこもったしずみの顔を見て、風の子は、にっ、と笑った。

「そういうことなら、俺様も力になるぜ。入り口までなら、連れていってやるよ」
「本当? ありがとう!」

 しずみの胸が高鳴った。風の子のことを、とても頼もしく感じる。
 靴をはきかえ、寝間着の上に上着をはおる。万全な格好とは言えないが、誰にも秘密で出かけるのだから、これが精一杯だった。

「準備ができたら、俺様に乗るんだ、しずみ」

 風の子はひゅっ、と風の姿になり、しずみの周りをめぐった。

「乗るって?」
「馬に乗るみたいにさ」

 しずみはおそるおそる、風の背中をつかまえると、またがってみた。
 すると、本当に透明な動物に乗ったかのように、足がふわりと浮き上がった。

「わ、わ! どうなってるの!」
「大丈夫だ、落としやしないさ。さぁ、出発するぞ!」

 しずみを乗せた風は、バルコニーから夜の世界へ飛び出した。

*   *   *

 風はすさまじい速さで、夜をとびこえていった。
 きらめく王都をあっというまに抜けて、草原を走り、山々をこえた。

 広がる夜空に、溶けてしまいそうだ。
 砂漠を吹きぬけながら、そんなことを思った。

 だが、砂漠をこえて岩山と岩山のあいだにすべりこんだかと思うと、その先には、またあの夢のような街明かりの王都が見えた。

「戻ってきたの?」

 しずみの問いかけに、風の子は「いや」と答えた。

「いつもの街じゃないのがわかるだろう、しずみ」

 そう言いながら、風の子は王都のまわりを囲む城壁の外におりた。

「俺様が案内できるのはここまでだ。しずみ、おりても大丈夫だよ」

 風の背からおりると、しずみは城壁を見あげた。

「この先は、影の国だ」

 風の子は人の姿になって、深刻な顔つきでそう言った。しずみは背すじがふるえた。

「ここからは、世界がひっくりかえっているらしい。そこは、心の世界なのだとも言われているんだ。しずみ、心をしっかり持つんだぞ」
「うん、大丈夫」
「ふるえているぞ、しずみ」

 だが、そう言う風の子も、がちがちに緊張しているように顔がこわばっていた。
 しずみはそんな風の子を見て、ふ、と微笑んで、手をさし出した。

「ありがとう」

 風の子はその手をにぎるようにひゅっ、とかすめると、風の姿に戻った。

「気をつけろよ、しずみ! 影の国がどうなるか、上空で見ててやるよ!」

 風の子はそう言い残し、はるか空の上のほうへと去っていった。

 しずみは深呼吸をして、城壁の門をあおいだ。
 門は、まだ開かれたことのない分厚い本のように、重々しく閉ざされている。

 ……どうやったら、この門は開くんだろう。

 しずみはそう思いながらも、扉に手を触れた。

 すると、しずみは気づかなかったのだが……しずみの足もとから、しずみの影がひょい、と扉の下をくぐり、門の向こうに伸びていった。
 そして、ぎぎぎ、と重い音をたてて、扉が向こうに開いた。

 扉の向こうには、誰もいない。ひとりでに開いたかのような扉に、しずみはびっくりした。
 しずみの影が先に国の中へ入ったから開いたのだ、とは、思いもしなかった。

 しずみの影は誰にも気づかれることなく、しずみの足もとに戻った。

〜3〜へつづく

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