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第6話 影の国 〜6〜

星乃すばる


 波の音と水の冷たさに、みかげは目を覚ました。

 倒れた体の半分に、水が打ち寄せては引いていた。
 顔は砂に埋もれている。

 目をあげると、満天の星空が目に入った。

 影の国に迷い込んでからずっと感じていた、体の半分がそがれたような不可解な感じは消えていた。やっと自分のすべてが、自分のなかに戻ってきた感じがする。

 横を見ると、しずみが倒れていた。

「しずみ様……」

 そうだ、失われていた自分の半分は、しずみにここまで連れてきてもらった気がする。
 しずみが影の国まで来てくれて、助けてくれたのだ……。

 みかげはしずみを助け起こすと、すう、すうと息をしているのを確認した。だが、意識は失っているままだ。
 みかげはそうっとしずみを抱え上げ、波打ちぎわから砂浜のなかほどまで運んでいった。

 砂は白く、淡く光っていた。
 そのあいまあいまに、星の形をした大きめのかたまりがあり、それらの星は発光するいきもののようにちかちかと光っていた。

 星のいくつかを手に取って、みかげはしげしげとながめる。
 貝のような素材だ。それぞれに形が違っている。

「これは……この中に、世界が」

 ひとりそうつぶやくと、「そうじゃ」と返事が返ってきた。
 みかげは顔をあげて声の主を見つけた。

 見知った老人が、いつのまにかみかげのとなりに立っていた。

「影の国は、楽しめたかの?」

 みかげと合わせた目を、三日月のように細めて、老人はそう問いかけてきた。

「先生……まったく、なにを考えていたんですか」

 老人に敵意がないことをたしかめてから、みかげはそう問いかえした。

「ひとりで逝くのはさびしくての。ちょこっと、いたずらさせてもらったというわけだ」
「ちょこっといたずら、ではすみませんよ。しずみ様が助けに来てくださったからよかったものの」
「そのしずみという坊やだが」

 老人は寝入ったままのしずみを親しげなまなざしで見下ろした。

「影の国の深奥で、よくがんばったものだ。幼い姿になって迷子になっていたおまえさんの影を、しっかりつかまえていてね」
「私の影を……しずみ様が」

 みかげはしずみを見つめた。
 なにがあったのか……しずみが目覚めたら、たずねてみたい。話してくれるだろうか。

「さて」

 老人が星空を見あげた。

「わしはあの月にでも探検に行こうかの」

 老人はみかげを見て、にっ、と笑うと、体を自由に伸び縮みさせて、星空のほうへぐんぐんと伸びていった。

「先生!」

 老人の顔がもう見えなくなってしまった頃、引き伸ばされたゴムが縮むように、老人の足が跳んでいった。かっかっか、という高笑いが、夜空から響いてきた。

「みかげ、しずみ、幸運を!」

 そんな声がしたかと思うと、老人の姿はかき消えてしまった。
 代わりに雲が途切れ、大きな満月が、星空に姿を現した。

*   *   *

 しずみはゆっくりと目を開けた。
 夜の海岸に倒れていたようだった。波の音が耳に心地よい。

 となりで、今しがたなにかを見送ったかのように、星空と満月をながめている人がいた。
 見間違うはずのないその人は……。

「みかげ!」

 しずみが叫ぶと、みかげはこちらを向いて微笑んだ。

「しずみ様。痛いところはありませんか」
「み、みかげ! みかげは大丈夫なの?」
「おかげさまで」

 みかげはしゃがんで、上体を起こしただけのしずみに視線をあわせた。

「しずみ様、影の国まで助けにきてくださって、本当にありがとうございました」
「僕、みかげを、助けられたの?」
「ええ。小さな私を助けてくださったのですよね」
「うん」

 しずみはしばらくみかげを見つめたあと、勢いよく抱きついた。

「みかげ、みかげ、心配したんだから……!」

 みかげのあたたかさに、涙があふれてきそうになる。

 本当に、また会えて、よかった……。

 しばらくみかげを感じたあと、しずみはそっと体をはなした。
 今度は妙に照れくさくて、みかげの顔が見られない。

「ここは……どこなんだろう」

 みかげは優しく答えてくれた。

「ここは世界の夢のはざまです、しずみ様。そこここに、星が落ちているでしょう」
「星……これのこと?」

 しずみは、強くちかちかとまたたく星形のかたまりを手に取った。

「その星々の中には、それぞれ世界があって、私やしずみ様がいるのです」
「えっ?」

 みかげがなにを言っているのか、すぐにはわからなかった。

 水平線の彼方を見るようなまなざしで、みかげは語る。

「それぞれの世界の、それぞれのしずみ様。王子かもしれないし、そうではないかもしれない。世界の様子も、まったく違うかもしれないし、よく似ているかもしれない。無数の世界が、この海岸には散らばっていて……いえ、海の中にも、海の向こうにも散らばっていて、流されたり、波に運ばれたりしているのです」

「世界が……?」

 だが、手の中の星を見ていたしずみは、急に意識が薄れていくのを感じた。
 まるで、その星の中に吸い込まれてしまうかのように……。

「みかげ……」

 しずみはそうつぶやいて……星空と夜の海を背にして立つみかげを見て……。

 安心しきって、眠りにおちた。

 〜7〜へつづく

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