波の音と水の冷たさに、みかげは目を覚ました。
倒れた体の半分に、水が打ち寄せては引いていた。
顔は砂に埋もれている。
目をあげると、満天の星空が目に入った。
影の国に迷い込んでからずっと感じていた、体の半分がそがれたような不可解な感じは消えていた。やっと自分のすべてが、自分のなかに戻ってきた感じがする。
横を見ると、しずみが倒れていた。
「しずみ様……」
そうだ、失われていた自分の半分は、しずみにここまで連れてきてもらった気がする。
しずみが影の国まで来てくれて、助けてくれたのだ……。
みかげはしずみを助け起こすと、すう、すうと息をしているのを確認した。だが、意識は失っているままだ。
みかげはそうっとしずみを抱え上げ、波打ちぎわから砂浜のなかほどまで運んでいった。
砂は白く、淡く光っていた。
そのあいまあいまに、星の形をした大きめのかたまりがあり、それらの星は発光するいきもののようにちかちかと光っていた。
星のいくつかを手に取って、みかげはしげしげとながめる。
貝のような素材だ。それぞれに形が違っている。
「これは……この中に、世界が」
ひとりそうつぶやくと、「そうじゃ」と返事が返ってきた。
みかげは顔をあげて声の主を見つけた。
見知った老人が、いつのまにかみかげのとなりに立っていた。
「影の国は、楽しめたかの?」
みかげと合わせた目を、三日月のように細めて、老人はそう問いかけてきた。
「先生……まったく、なにを考えていたんですか」
老人に敵意がないことをたしかめてから、みかげはそう問いかえした。
「ひとりで逝くのはさびしくての。ちょこっと、いたずらさせてもらったというわけだ」
「ちょこっといたずら、ではすみませんよ。しずみ様が助けに来てくださったからよかったものの」
「そのしずみという坊やだが」
老人は寝入ったままのしずみを親しげなまなざしで見下ろした。
「影の国の深奥で、よくがんばったものだ。幼い姿になって迷子になっていたおまえさんの影を、しっかりつかまえていてね」
「私の影を……しずみ様が」
みかげはしずみを見つめた。
なにがあったのか……しずみが目覚めたら、たずねてみたい。話してくれるだろうか。
「さて」
老人が星空を見あげた。
「わしはあの月にでも探検に行こうかの」
老人はみかげを見て、にっ、と笑うと、体を自由に伸び縮みさせて、星空のほうへぐんぐんと伸びていった。
「先生!」
老人の顔がもう見えなくなってしまった頃、引き伸ばされたゴムが縮むように、老人の足が跳んでいった。かっかっか、という高笑いが、夜空から響いてきた。
「みかげ、しずみ、幸運を!」
そんな声がしたかと思うと、老人の姿はかき消えてしまった。
代わりに雲が途切れ、大きな満月が、星空に姿を現した。
* * *
しずみはゆっくりと目を開けた。
夜の海岸に倒れていたようだった。波の音が耳に心地よい。
となりで、今しがたなにかを見送ったかのように、星空と満月をながめている人がいた。
見間違うはずのないその人は……。
「みかげ!」
しずみが叫ぶと、みかげはこちらを向いて微笑んだ。
「しずみ様。痛いところはありませんか」
「み、みかげ! みかげは大丈夫なの?」
「おかげさまで」
みかげはしゃがんで、上体を起こしただけのしずみに視線をあわせた。
「しずみ様、影の国まで助けにきてくださって、本当にありがとうございました」
「僕、みかげを、助けられたの?」
「ええ。小さな私を助けてくださったのですよね」
「うん」
しずみはしばらくみかげを見つめたあと、勢いよく抱きついた。
「みかげ、みかげ、心配したんだから……!」
みかげのあたたかさに、涙があふれてきそうになる。
本当に、また会えて、よかった……。
しばらくみかげを感じたあと、しずみはそっと体をはなした。
今度は妙に照れくさくて、みかげの顔が見られない。
「ここは……どこなんだろう」
みかげは優しく答えてくれた。
「ここは世界の夢のはざまです、しずみ様。そこここに、星が落ちているでしょう」
「星……これのこと?」
しずみは、強くちかちかとまたたく星形のかたまりを手に取った。
「その星々の中には、それぞれ世界があって、私やしずみ様がいるのです」
「えっ?」
みかげがなにを言っているのか、すぐにはわからなかった。
水平線の彼方を見るようなまなざしで、みかげは語る。
「それぞれの世界の、それぞれのしずみ様。王子かもしれないし、そうではないかもしれない。世界の様子も、まったく違うかもしれないし、よく似ているかもしれない。無数の世界が、この海岸には散らばっていて……いえ、海の中にも、海の向こうにも散らばっていて、流されたり、波に運ばれたりしているのです」
「世界が……?」
だが、手の中の星を見ていたしずみは、急に意識が薄れていくのを感じた。
まるで、その星の中に吸い込まれてしまうかのように……。
「みかげ……」
しずみはそうつぶやいて……星空と夜の海を背にして立つみかげを見て……。
安心しきって、眠りにおちた。